2015年もスタートして早くも、一ケ月近くになろうとしています。昨年に増して、充実したクリスチャン生活となりますようにお祈り致します。
考えてみますと、私たちは日々、キリストにあって新しくされているのです。そのことを確信しますか? それは、例えていうならば朝毎に真っ白な一日を与えられているようなものです。そして、その日のいろいろな出来事を通して様々な色に染められていくようなものではないでしょうか? そのことの関連から三つの事柄を取り上げます。
Ⅰ 私たちはキリストのものとされている。
「だれでもキリストのうちにあるなら、
その人は新しく造られた者です。古
いものは過ぎ去って、見よ、すべて
が新しくなりました。」(Ⅱコリント
5:17)上記のみことばのように、ク
リスチャンは日々、確かに新しくさ
れているのです。たとえ、今日が惨
めな日のように思えたとしても主に
あって、意味のある尊い日なのです。
そして、朝毎に感謝をもって一日を
始めることで出来るならなお、幸い
です。
Ⅱ 日々、悔い改めることです。
私たちは気がつかないで罪を犯して
いることもありうるのです。詩篇19:12に次のようなみことばがあります。
「だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。」このような砕かれた謙虚な心を持ちたいと願います。悔い改めと後悔は全く違います。悔い改めは心が180度変わることです。そのことで、特に赦しを確信するのは聖餐式の恵みに与かったときです。主が目に見える方法で赦しの保証を約束されているのですから。ですから、聖餐式を大切にしましょう。
Ⅲ 神のみことばに聞き従うことです。
サムエルは次のように語りました。
「主は主の御声に聞き従うほどに全焼のいけにえを喜ばれるだろうか。…」(Ⅰサムエル15:22) みことばに聞き従う祝福に与からせていただきましょう。そして、それぞれが置かれた持ち場にあってキリストの大使の務めを喜んで果たさせていただきましょう。
信仰生活に祝福がありますように。